kaopic_32_1419586530.JPG

村上和雄さん

遺伝子と魂

筑波大学名誉教授

出典:平成25年6月「経営トップセミナー」での講演録


“サムシング・グレート”・・・その定義

・・・(大変な労苦の末、イネの遺伝子暗号の解読に成功する。しかしその膨大な遺伝子情報が秩序正しく書かれていることに気付き、それを書いた者と読んだ者では、どちらが偉いのだろうか・・・と話が展開しています)

書いた人と読んだ人とどっちが偉いか、もちろん書いた人が偉い。誰が?ヒトだけではなく、全ての(生命の)遺伝子の暗号を書いたのは誰? 人間ではないわけです。
・・・実は聴いてほしいのはこれからなんですねぇ(拍手)。ちょっと水を飲ませてもらいますよ。もうよしもとの話なんてどうでもイイ(笑)。
他人の話なんて、ここを出れば90%くらいは忘れるので、一つか二つでも心に残ればそれは上出来だと思っていますので、出来たらこっから話す話を一つか二つ掴んで帰って欲しいと思います。

書いたのは誰か?人間ではないですよ。しかしこれはデタラメでは絶対ないですね。遺伝子というのはカラダの設計図なんです。設計図がデタラメに書けるわけがない。万巻の書物が針の穴の百万当分したところに書いてあるのですよ。書いてあるだけではなく、それが間違いなく働いている。何事か?ということですね。それは“自然”が書いたとしか言いようがない。間違いなく“自然”が書いた。では“自然”はどうして書いたか?不思議ですね、これは。
そこで私は“自然”には二つあるのではないかと思いました。私どものよく知っている“自然”、目に見える“自然”・・・太陽とか月とか地球とか、目に見えなくても測定できる“自然”・・・酸素とか水素とか・・・でもそんなものが遺伝子暗号を書けるわけがない。で、暗号を書いた“自然”とは、私どもはまだよく知らないけど、目に見えないけれども、不思議な“自然”の働きがあるのではないかと、思い立ちました。これはスゴイ世界があるなと。遺伝子暗号の解読の現場で感じ出します。人間にとって本当に大切なものは目に見えないんじゃないか。「愛情」は目に見えませんね。もちろん「心」も目に見えない。「いのち」も目に見えない。生物の全ての遺伝子の暗号を書き込んで、人間でも顔形がちょっと違うというのは暗号がちょっと違うのですね・・・99.5%は同じなんだけれどもちょっと違う、これだけ多様な人間を、多様な生物を、暗号をノートに書かれたものは、目に見えない。金子みすずさんの詩の中に「見えないものでもあるんだよ」という詩があります。「見えないけれどもあるんだよ」。今私たちは目に見えるもの、データが出ているもの、お金に換算できるものに価値を置きますが、そんなものより目に見えない、だけども偉大な存在がある。それを私はですね「サムシング・グレート」という言葉を使うことにしました。何で英語を使ったかと言いますと、欧米の人にも世界の人にもわかってほしいという意味で「サムシング・グレート」という言葉を使いました。
皆さん方は別だと思いますが、日本人の多くの方は「神も仏もあるものか」と思ってます。そういう人にも聴いてほしいんですね!あなたが信仰する/しないはあなたの勝手です。でも信仰するとかしないとかは関係なく、あなたの中に「サムシング・グレート」としか呼べない不思議な働きがあります。あなたの遺伝子暗号を書いたのは人間ではないんですよ。誰が書いたのか?わからんから「サムシング」と言っている。でもそういうものが無ければ、いのちが、生き物が偶然に生まれるということは考えられない。細胞1個生まれるのがどれだけスゴイかと言いますと・・・日本では宝くじを買いますね。1億円当たったら大喜びですよね、こんな有難いことはない。実は細胞1個偶然生まれる確率は、1億円のくじが連続100万回当選のような、有難いことなんですよ。1個の細胞が1億円の宝くじ100万回連続・・・こういうものを可能にしているのは、これは人間業じゃないことは確かなんです。

「サムシング・グレート」の定義は非常に簡単なんです。私どもには親があります。間違いないですね。親には親があります。間違いないでしょ? いのちの、生き物のもとをたどっていくと、そうすると“いのち”のもとには、どこにあるか分からないけれども、とにかく生き物の親というものがないと子供は生まれないんです。だから私の「サムシング・グレート」の定義は「全ての生き物の、もとの親のようなもの」。親がいなければ子供が生まれないのは当たり前でしょう? 人間に親があるように生き物のもとのもとには親のようなものがある。それを「サムシング・グレート」と呼ぶように考えております。“いのち”のもとのようなものが無ければ、“いのち”は生まれない。ただ偶然に生まれるにしても、あまりにもうまく出来ている。“いのち”のもとの親、それは宇宙とか天に居られると思いがちですが、私たちのカラダの中で「サムシング・グレート」が働かなければ、一刻も生きていくことができない・・・ということを感じるようになりました。ということは「生きている」ということはものすごいことなんだ。
で、私どもは大腸菌を使って実験をやってきました。大腸菌のおかげで何人ノーベル賞学者が出たか分からない。何千人という博士が生まれました。大腸菌様には足を向けて寝れないくらい世話になっています(笑)。今ヒトのインシュリン、糖尿病の薬となっているホルモン、あれは大腸菌が作ってもう市販されているのですよ。ヒトのホルモンや酵素を大腸菌が作れる。これは遺伝子工学であります。何でこんなことが出来るのか?ご存じの方いますか? ご存じない方がほとんどのようですから、私から次に言うことだけを覚えて帰っていただいたら、まず話のもとが取れますから・・・

細胞は助け合っている。「利他の遺伝子」が必ずある!

1953年ですから、ちょうど60年くらい前ですね、遺伝子はDNAという構造で出来ているということが分かりました。それから遺伝子の研究はものすごい勢いで進歩しました。すぐに分かったことはですね、全ての生き物ですよ、微生物の昆虫も植物もヒトも動物も、全ての生き物、今生きているだけではないですよ、過去、全て同じ遺伝子暗号を使っていた。これは医学・生物論の大発見だけではなく、生き方や考え方に影響を与えていると思います。しかしこの遺伝子暗号というものは、生き物は、カビも含めて全て同じ遺伝子暗号を使っているということは、兄弟や親戚、ご先祖様、こういうことが遺伝子のことまで分かってきた。これは環境問題を考える上で非常に私は有用だと思っています。今環境問題と言いますとですね、人間のことだけ考えていますよね? しかしこの東日本の大震災で被災したのは、人間だけじゃないです。あらゆる生物が、地球が被災したんです。しかし人間は人間のことしか考えない。「地球に優しく・・・」それは厚かましいんですよ。地球が人間より先なんですから、ずっと。人間がずっと後から出てきている。少なくとも全ての生き物は繋がっている。「山川草木国土悉皆成仏」ですかね?全ての生き物に、あるいは石や土にも“仏”があるという言葉。そのことが科学のコトバで語れるんです。私どもの身体は地球のひとかけらですからね、この“わたし”の持っている元素は全て地球の元素です。だから全てのものは繋がっている。
そういう点で、最初この遺伝子工学の先頭を走ったのは大腸菌であります。しかし私どもが今、束になってかかっても、世界の国の予算全て集めても、大腸菌一つ、細胞一つ元から作れないんです。コピーはなんぼでもできる。何で元から作れないのか?大腸菌様が何で生きておられるのか?ということの根本原理について、まだ私どもは手も足も出ない。でもこれははっきり言うと私どもの値打ちが下がるので、あれほど頑張っても大腸菌にも及ばないのかというのは私どものプライドを傷つけますので、昼間授業で何を言っているのかというのは分かることだけをしゃべっているのです(笑)。大腸菌の遺伝子、タンパク、酵素、よくよく知っている。でもその材料を集めても生き物は生まれない。これは現在の科学がダメだということではなくて、“生きている”ということがいかにスゴイか。まして人間が“生きている”。これはもう考えられないくらいスゴイこと。人間は60兆もの細胞でなっているんですよ。そう教科書に書いてある、60兆。しかし本当は誰も数えたことがないんだ、あれは。“兆”という数は、あれは想像できないですね。
60兆という数は・・・地球人口が今70億を突破しました。一人のカラダの中には地球人口70億の9000倍、9000倍ですよ、それだけの数の細胞が生きている。その細胞がですね、何故細胞同士の戦争が起こらないのか?見事ですね。細胞は生き物なんですよ。生き物がこれだけたくさん寄っているのに、戦争を起こさない。スゴイですね。細胞は今ものすごい勢いで私どものカラダを入れ替わっているのですよ。もう昨日の細胞は今日の細胞じゃないんです。代謝の活発な臓器ほど回転が速い。「お代わりありませんか?」なんてもんじゃない、日替わりランチどころではない、毎分毎秒変わっている。ものすごい勢いで入れ替わっています。従って細胞の遺伝子の中には見事に「死になさい」という、そういう情報が入っている。生まれる細胞と死ぬ細胞が、ちゃんとバランスが取れている。私どもは誕生は「おめでとうございます」ですが、死は「ご愁傷様」ですよね。しかし「死」というものが無ければエラいことになりますよ。だから“自然”はちゃんと「死」をバランスよくされている。“生”というのは、誕生と死が入れ替わっているというか、回転している。その入れ替わりのスピードがものすごい。で、遺伝子の中には新しい細胞を産み出す、そういう情報も入っています。そしてそのコピーを残そうとするのががん細胞なんです。がん細胞はですね、死ぬことを忘れてめったやたらに増え続ける。コピーを作り続ける。そうすると臓器がやられます。臓器がやられると他の臓器へ転移して、そこでもコピーを作る。もう「自己中」の塊みたいですね。また臓器がやられると他に移る。で結局個体が死ぬから自分も死ぬわけです。しかし普通の細胞はある程度は増えるんですけど、ちゃんと周りのことも考えて、限度があります。他の細胞を助けて、臓器の働きに協力しましょうという情報が入っている。
例えば腎臓は色んな種類の細胞が入っている。色んな働きの細胞がある。その細胞同士の協力が無ければ腎臓の働きが出来ないんです。で、臓器はみんな自分の役割を演じながら、全体を生かすために働いている。心臓は一生ポンプ作業をし続けているんですよ。「もう今日は疲れたからサボろう」というわけにはいかない。「もう心臓は飽きたから肝臓に変えてくれ」とも言わない。何でこのように自分の役割を演じきりながら全体のために働いているのか? 私がお医者さんに聴いてみると、良心的なお医者さんは「分からない」と答えます。もう一方のお医者さんは「それは自律神経がやっている」・・・そうですか?自律神経がやっているのですか?では自律神経を動かしているのは何ですか?・・・なんにも分からないんですよ。分からないけど、この見事な助け合い・調和を指示する遺伝子は、私はあると思っています。助け合いの遺伝子、調和を保つ遺伝子、利他の遺伝子・・・これがですね、21世紀には見つかると思っています。私どもが見つけたいんですけれど・・・
私どもが生きているというのはただ事ではない、ということですね。そういうことを私は、生命学の現場で知りました。だから生きていることに対してですね、感謝・喜びというのが大切で、自分の力で生きているなんて人は誰もいない。それは当たり前であります。太陽がなければ、水が無ければ、空気が無ければ、地球が無ければ生きていけない・・・そういうことを生命科学の現場で知りました。

21世紀の日本の使命と海外からの期待

そして最後に一番言いたいことを言います。これが最後ですから、是非最後だけでも覚えて帰って下さい。
21世紀は日本の出番が来る・・・ということでございます。
これを私が初めて聞いたのは、7~8年前にインドのダラム・サラというチベット国境の近くに行きまして、ここはダライ・ラマの王宮があるところですが、ここで「科学と仏教との対話」というのが行われました。ダライ・ラマを真ん中に挟みまして、7~8人の科学者が車座になって一週間、「科学と仏教との対話」に出席しました。でも「仏教と科学との対話」って、日本語でやっても難しいんですよ。それを英語でやるんですからね、私は疲れまして、あまり発言が出来なかったんです。それで最後にですね「お前ダライ・ラマに肝心なことを聴いてくれ」と、イヤな役を私は押しつけられまして、「人間にとって本当の幸せとは何ですか?」、聴いてくれって言うんですね。また難しいことを聴くんですけど、私も質問しようとして一晩考えて、いよいよその場になったら何を言うか忘れまして、非常に簡単な質問をしました。ちょうどダライ・ラマは70歳でしたが、「70歳の波瀾万丈の人生を送られて、いつの時代が一番幸せでしたか?」ま、つまらん質問をしたんです。彼はすぐに「今だ!(Right Now!)」と答えました。でこれは科学者が拍手をしました。彼はですね、科学者との対話をもう何十年間とやっております。「何故そんなに科学に熱心なの?」と聞いたら「仏教は心の科学ですからね」と答えられました。それで2回目か3回目の対話の時に、ノーベル平和賞の知らせが来るんです。山に新聞記者が上がってきました。彼はちょっと出掛けていって記者たちに「ちょっと待って下さい。自分は今非常に大切な対話の最中ですから、これが終わったら簡単な記者会見を開きます」と言ってまた(対話のもとに)帰ってきた。なかなか立派ですよね。普通の人はノーベル賞の知らせが来ると会議なんかほったらかして記者会見するんですけれど、この人はそういう人ではない。それを科学者は知っていますから、「ダライ・ラマさんはノーベル賞よりも我々との対話が大事なんだ」と、みんな拍手をしました。私も拍手をしたんですけど、内心ちょっと甘いのではないか?と思いました。彼が言いたいのは「いつでも今が幸せ」、これは生きていることがいかにありがたいか、すごいということが分かっているから「今が幸せ」。今が幸せだったら、一生いつも幸せですよね。彼は「中国も我が先生です、師です」と言っていますよ。なかなかスゴイですね。彼は50年間国に帰れないんです。しかし私は「中国は我が先生です」というのは、彼の本気だと思います。何故なら、あの(中国からの)弾圧があったからこそ、彼はチベットの法王であり国王なんですよ。スゴイですよね、宗教的権威と政治的権威を一手に握っている。彼は弾圧されたことによって世界に出ました。で、今彼が世界各地で平和の講演をされるとたくさんの人が民族や宗教を超えて集まる。ニューヨークで、あのセントラル・パークに何万人という人が集まるんですよ。宗派を超えて、宗教を超えて平和を語れる人物になったのは、あの厳しい弾圧なんですね。だから私はですね、陽気な心・楽しいとか笑う、嬉しいとか喜びとか感動とか祈りとかですね、そういうのは良い遺伝子のスイッチをオンにして、ネガティブな心・悲劇な心、悩みとか恐怖とかそういうものは悪い遺伝子のスイッチをオンにすると思っていましたが、彼の姿を見てますと、厳しい環境が良い遺伝子のスイッチをオンにするのではないかと思っております。
話が逸れましたが、今度の東日本の大震災は、日本にとって大変厳しい試練であります。しかしこれを良い遺伝子のスイッチをオンに出来る契機になるのではないかと私は思っております。とにかくですね、そういう経験がありまして、最終日に私一人ダライ・ラマに呼ばれまして「実は日本でダライ・ラマと科学者との対話をやりたいんだ」と、頼まれました。それが去年(平成24年)11月6日に実現したんですけれども、彼はその時にですね「21世紀は日本人の出番が来ますよ」と、こう言いました。私はホンマかいなと思いました。日本の新聞を読んでいると、とても出番だとは思えないことが多い、しかし私は科学者ですから、これが本当なのかどうか自分なりに調べようと思って、外国での日本人の評価と期待を調べ出しました。今ですね、世界の人がどう考えているのか?今世界で、最も良い活力がある国がどこかアンケートを毎年取っているところがありますが、皆さんどこだと思いますか?日本はどの辺にあると思いますか?・・・日本はナンバーワンなんですよ!(拍手) 日本人はどう考えているか分からないが(外国人から見て)日本人の評価は非常に高いんです。何故なら68年間戦争をしてこなかった。そういう先進国は無いんですよ。で68年間ですね、あの廃墟、太平洋戦争の時は300万人の日本人が亡くなったんですよ。300万人。そして主な都市はみんな爆撃で壊滅。もう日本は当分ダメだと思われたのが見事に回復した。経済成長を遂げ、今の科学技術力も大変優れている。21世紀に入って日本人のノーベル賞受賞者の数は全ヨーロッパの数より多いんですよ!(拍手) 技術力は抜群なんです。これは世界が認めています。そういう国になったんですよ。そして教育水準が高い。医療水準も非常に高い。例えば世界で一番金持ちの国はアメリカですけれども、アメリカはですね、病気になっても病院に行けない人が何千万人といるんですよ。何故かと言うと保険に入っていないから。保険に入ったって、掛け金によって行ける病院と行けない病院があるんですよ。日本じゃ考えられないですね。そういう医療水準も高い、教育水準も高い、そして圧倒的に治安が良い。今度のオリンピック開催決定の大きな要因の一つに恐らく治安が入っていますが、大都会の夜を女性一人で歩ける国はもうほとんど無いんですよ。治安は抜群に良い。
それからですね、特に評価を上げたのは、やっぱり東日本の大震災で取った日本人の態度なんですね。あれほどの災害が起これば、外国では必ず暴動が起きます。略奪・暴行・・・日本はほとんどそれが無い。世界の驚異の的ですよ。(津波で)流された金庫のほとんどが回収されて警察に届けられるという国は、世界にはほとんど無いんです。日本の悪口しか書かない新聞でも、その日本人の態度を絶賛された。これは日本人の中にそういう「調和を保つ」「大自然の天を恨まず」「大自然の素晴らしさに感謝する」という日本文化の伝統がずっと流れたからですね。それがあの大震災で私はスイッチがオンになったと思います。そういう期待を日本は世界からかけられている。しかし問題は私どもがそれをあまり自覚していない。私どもの先祖は、もちろん間違いも犯しましたけど、総体としては素晴らしいんですね。
まあこんな話をしだすと長くなりますので結論を申し上げますが、これが日本人が「我々たちの時代が来る」・・・「日本の出番が来る」ということは日本のことだけ考えてはダメで、世界の幸せに、世界の困っている人に、どうして喜んでもらえるかということを考える・・・そういうことがですね、私は日本人のこれからの使命として、自分のことだけではなく世界の幸せを考える、そういう役割を日本人は“天”からも世界からも期待されていると思います。

“魂と遺伝子”について、10年かけて取り組む

でいよいよ最後ですが、私はこれから新しいプロジェクトを始めようと思いました。「魂と遺伝子」「瞑想と遺伝子」の関係を、これから10年かけてやっていきたいと決心したんです(拍手)。10年間私は死ねないですね(笑)。私が大変尊敬する、京都大学元総長の平澤興という先生がおりましたが、この先生は「人間的にいちばん生長するのは75歳~85歳くらいだ」とおっしゃっています(拍手)。この先生は湯川秀樹先生の親友でありますが、やっぱり大自然の不思議に頭を下げておりました。80歳を超えた平澤先生に私が逢いに行きますと「私は毎日嬉しくて楽しくてたまらない」と言われました。どの宗教にも属されませんでしたが、非常に宗教的な深い思索をする先生でした。私はこういう先生に学生時代お会い出来たことは大変幸せで、この先生に一歩でも近づきたいと思っています。まだまだ距離がありますが、今からが伸び盛りと暗示をかけまして、そりゃ体力は無理ですよ、体力は(笑)。しかし三浦雄一郎さんが80歳を超えてエベレスト登頂に成功したのを見ると、人間には無限の可能性がある、それは私どもは「サムシング・グレート」の子供だからですね、「サムシング・グレート」の想いと沿ったときに、自分でも考えられないような力が出る、それはみんな少しずつ違っているけれどもみんな違っていてみんな良いのです。自分の使命は何なのか、自分の生き甲斐は何なのか、自分のやりたいことは何なのかということを私はもう一度思い直して・・・魂の問題に触れないと、人間というのはわからないと思っています。
魂の問題を考えるキッカケになったのは、私は河合隼雄さんという深層心理の先生に出会ったからであります。この先生は私どもの「心と遺伝子の研究会」の応援団でありまして、励ましてもらっておりました。「心と遺伝子の研究は、これから大変大切になる。しかしもっとおもろいことがあるで!」何ですか?と聞いたら「魂と遺伝子の関係や」「魂と遺伝子・・・先生それは面白いけど、メチャクチャ難しいですよ。心には『心理学』という学問があるが『魂学』という学問はない。魂とは何かという問題には誰も答えられない」「しかしこれが究極のテーマやで。面白い」「先生、面白いけど本気ですか?」「本気だ」と答えられた。「そうですか、わかりました。先生文化庁長官をすぐに辞めてください。こんなことは片手間で出来ませんよ」と言ったら、「いやオレは朝刊じゃなくて夕刊や」って言われました(笑)。こういう面白い先生ですね。世界的な学者でありますが、名刺には「日本ウソツキクラブ会長」と書いてある。「先生こんなクラブあるんですか?」「ある」「会員は何人いるんですか?」「オレ一人や」(笑)こういう面白い先生でした。
ですが私は魂の問題には手を出さないつもりでいました。これは科学的には全くわからない分野で、これに手を出すと「あいつはいよいよおかしくなった」となりかねないので・・・
しかし私は病気をしてですね、入院をしました。そのとき病院で「魂と遺伝子」の話を思い出した。河合先生は私に遺言をしたな、「魂と遺伝子の研究をやってくれ」と。私は前から“魂”というものはあると思っていました。何故そう思ってるかというと、先程も言いましたが私どものカラダはですね、全部地球の・宇宙の借り物なんです。地球の無機物を植物が摂取して、動物が食べて私どもも食べています。今私どもが持っている元素は全部地球からの借り物だ。宇宙からの借り物だ。私のカラダは私のものだと思っていますが、借り物なんですよ、レンタルなんですよ。だから返さなければいけないんですよ。自分のものだったら持っていられるけど、“私”と“私のカラダ”とは違うんです。カラダはレンタル、だったら後の“私”は何か? “心”か?・・・私は心でもないと思っています。“心”はコロコロ変わるんですよ。もう昨日の心が今日の心ではない。「女心と秋の空」と言うけれど、こんなコロコロ変わるものに、貸し主は「宇宙」ですから、「宇宙」ということは「サムシング・グレート」が貸し主ですね、こんなコロコロ変わるものにカラダを貸しているわけがない。“私”とは何かと問われたら、私は“魂”と呼ばれるものではないかと思います。“魂”ということはですね、どの民族にもあるんです。“魂”と呼ばれるもの・・・それは心の中の奥の深い深い中に恐らく変わらない心、それが本当の“私”ではないかと、だから「サムシング・グレート」は、私の“魂”に私のカラダを貸している、と考えられるわけです。そうするとこの“魂”は、死んでも無くならないかもわからない。死んだらカラダは無くなるし心も無くなります。楽しいも嬉しいも無くなります。しかし“魂”というのは無くならない。「永遠のいのち」というのは「サムシング・グレート」に通じるんだ、だから「死ぬ」ということはですね、古い着物を脱いで「サムシング・グレート」にお返しして、そしてまた産まれてくるんではないか・・・と思っているんです。しかしこれは科学的には説明できないけれども、私どもはですね、「魂と遺伝子」とか「魂と瞑想」、「魂と深い心」についての研究を、これから10年かけてやりたいと思っています。それが私の使命であり、50年間も生命科学の現場におって、こういう問題・・・魂の問題まで触れていきたい。
まあしかし「あの世」があるかないかはもちろん分からないんですけど、「あの世」はイイ所らしいですよ。あんまり良すぎて誰も入りたがらない。酒はうまいし姉ちゃんはキレイだ(笑)働かなくてもイイし行きたいところにはすぐに行ける・・・「あの世」があると思って生活するか無いと思って生活するかで違ってきて、「死んだら終わりだ」ということになればですね、「死」からは逃れられない、みんな死ぬんですからね、あの世に行ったら昔の好きな人に会えるとか両親に会えるとか、勝手なことばっかりやっていると、あの世ではしかられるかもしれない。勝手なことばかりやって「あの世」なんか無いと思って、行って「あの世」があったらエラい目に遭いますから(笑)・・・
しかし“魂”の問題が解決しないと“死”の問題も解決しないと思います。で、これは人類の大問題でありまして、そう簡単に答えは出ないと思いますが、10年かけて何かの結論に達したいと。私にとっては恐らく最後の大プロジェクトを今年から始めたいと思っています。

ご清聴ありがとうございました。

※体験者の年代表記は体験当時の年代となります。


ページトップへ