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酒井望加さん

舞台を観てくれた方に心から愉しんでもらいたい

出典:『日時計24』№35P20~21より抜粋


夢を描いた学生時代

長年育んだ「役者になる」という夢を抱いて上京。挫折しかけて泣いた日々もあったが、両親の大きな愛の言葉で再び立ち上がり、いま、大好きな演劇の世界で羽ばたこうとしている。

エキゾチックな瞳が印象的な酒井望加さんは、北九州市から上京して五年目。アパレルショップで働きながら、劇団研究生として役者の道を歩んでいる。「小さい頃から歌や踊りが大好きでした。小学六年の時の書初めで『将来は女優になりたい』と書いたら、先生に『おまえが?』と鼻で笑われ、かえって本気になっちゃって(笑)」

中学・高校時代には、元気をくれるミュージシャンに夢中になり、“表現する側”になりたいと強く思うようになった。

両親の支えもあって、演劇の学校へ通い続けて

高校卒業後、一年間のデパ地下のバイトで百万円を貯め、単身上京。演劇の学校に通い、声優の勉強をしたこともあったが、舞台形式のオーディションで、スポットライトを浴びながら演技した楽しさが忘れられず、役者一本に絞った。だが、稽古などに時間をとられ、長期のバイトができず収入が激減。貯金も底をつき、何日もおかゆで過ごすこともあった。
二十二歳の頃は精神的にも不安定になり、夢をあきらめて郷里に帰ろうと、泣きながら実家に電話するたびに、母親は「帰っておいで」と温かい言葉をかけてくれた。しかし父親の、「絶対大丈夫。今、帰ってきたら後悔するよ」という言葉に、「確かにそうだ」と我に返った。

練成会に参加して、両親へ心から感謝でき、夢への再挑戦の気力がわいてきた

平成二十三年冬、母親の勧めで、生長の家本部練成道場(東京・調布)の練成会に参加した。
「福岡にいた頃、お世話になった白金辰子先生に『夢をあきらめちゃだめだよ』といってもらえたのが嬉しくて……。浄心行の後は、憑き物が落ちたように体が軽くなり、どんなときも大きな愛で応援し続けてくれている両親に、心から感謝できました」
再挑戦への気力がわいてきてまもなく、大好きなバンドの武道館ライブに行き、全身全霊のパフォーマンスライブに感動した。
「私のしたかったのは、舞台表現で、人を心から愉しませることだったんだと思いました」

努力をし続けたら、夢は必ず実現すると信じます!

すぐに、時代劇から現代劇、笑いもダンスもあるパワフルな演劇中心の劇団をみつけて研究生になり、半年後の平成二十四年秋には、初舞台も踏んだ。
「派手で個性的なおばちゃん役(笑)。次の卒業講演は、マンガ雑誌の編集者役です。お客さんが元気いっぱいになって帰ってくださるのが嬉しいんです」
再開したアパレルの仕事先では、稽古で忙しくなることに理解があって協力的で、環境にも恵まれている。
「今は自分で枠や限界を決めずに何にでも挑戦したい気持ちです。生長の家でも学んだように、やっていて、自分がわくわくして楽しいことを見つけ、それに向かって努力し続けたら、必ず夢は叶うって信じています」
写真/堀隆弘

※体験者の年代表記は体験当時の年代となります。


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