人は森がなければ生きられない

稲本正さん


オークヴィレッジ代表
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出典:神社と「和」の幸せ情報誌『WAGO(和合)』第18号(平成28年1月号)


『世界の肺』が失われる

神谷:まず最初にお訊きしたかったのは、稲本先生は元々物理学者だったそうですが、40年前に飛騨の森の中に入られ、木々と暮らす生活を始められました。それはどうしてなのですか?

稲本:私らが物理をやっていた頃、有名なアインシュタインが相対性理論で「宇宙は生まれて、死ぬだろう」ということを予言します。そして、ノーベル賞を受賞した理論物理学者シュレディンガーは量子力学の本で「未来はよく分からない」ということを言います。
それまでニュートンの「宇宙は永遠にある」「未来は予測できる」という考えが信じられていたので、本当に衝撃的だったのです。
シュレディンガーは『生命とは何か』という本も書いていますが、この本を読んで私は森へ行こうと思ったのです。どうしてかと言いますと、人類が活動すればするだけ、地球は汚れていく、そして、その汚れをとるのは植物しかない、締麗にするのは樹木という大型植物が集まる森しかないと考えたからです。
当時、私は大学で物理学を学んでおり、原子力発電所と同じ構造の超小型な装置を扱っていました。ところが、超高熱になるその装置を冷却する液体窒素を一度入れ忘れたことがあるのです。先生から「お前は池袋の街を吹っ飛ばすつもりか」とひどく怒られました。その時、痛感したのです。私みたいな人間は絶対いるわけですから、そんなちょっとした手違いが起こるだけで原子力発電所はどうしようもなくなる、と。それを身を持って体験したのです。このままこれを続けていくわけにはいかないのだ、と決心しました。
シュレディンガーの言葉と、そのような体験を経て飛騨の高山へ行ったのです。

神谷:稲本先生は7年近くをかけて世界各地の森を回られたわけですが、一番強く印象に残っているのはどこですか?

稲本:おそらく、私は日本人として一番幅広く世界中の森を回ったと思います。最も印象に残っているのはやはりアマゾンでしょうか、2ヶ月以上滞在しました。
アマゾンの面積は日本の25倍にもあたるのですが、すでに半分もの森が壊されています。例えば、ある鉄工所をつくるためイギリス全土より広い森林が伐採され、それでも燃料が足りなくてフランス全土の広さを伐採するそうです。それくらい見渡す限りの大地の木々を切っています。人間というのは本当に恐ろしいことをやるものだと痛感しましたが、そういうことは現場に行って目にしないと実感としてつかめません。
また、私はアマゾンで木も植えたのですが、熱帯ですから育つのも早く、5年くらいで大きくなるのです。森というものは人聞が壊そうと思えばすぐ壊れてしまいますが、元気にしようと思えば結構回復するんだなと感じました。

神谷:アマゾンは「世界の肺」と言われていますね。一方、インドネシアから東の海南島あたりが「アジアの肺」と言われています。ところが、この海南島の森林も壊されている。

稲本:今は、ボルネオ島も大変なことになっています。ボルネオは生態系が非常に豊かなところで、夜に大きな網で昆虫を100匹採ったとしたら、その100匹がほとんど違う種で、しかも人聞が知っている種は1割しかない。次の日にまた採っても、また6割くらいの新しい種が見つかる、それくらい生態系が豊かなところなのです。
ところが森が壊されて、見えないところでいつの間にかこのような昆虫、生物たちが死んでいくことがあり、非常に危険な状態なのです。

神谷:人は森がなければ生きていけないのに大変な事態ですね。

稲本:人間は1日に約20キロの新しい空気を吸わなければなりません(注・平均的な体形の場合)。この20キロの空気が重要で、森の中でしたら木々の枝葉から出るフィットンチッドが大気に含まれており、それを吸うことで僕らは元気になれるのですが、そうでない都会の空気だと人間は消耗してしまうわけです。私は森と都会を行き来してますから、比較するとその違いがよく分かります。
また、人間は2キロくらいの水を飲みます。この水が悪いと体も汚れていきます。締麗な水が無いと食べ物もできません。
空気も水も食べ物も、森林が無いとできないものなのです。それを人間は勘違いしていて、例えば私が大学で講義した時、締麗な水はどこでできるか訊ねたら、学生は「水道局でできる」と答えました。森が締麗な水をつくっているという実感が人々に無くなってきたことも、非常に危険だと思います。

化石資源を使う文明から循環文明に

稲本:天才と言われた物理学者のシュレディンガーも「植物がないと人間は生きれない」と言っています。ところが現代まで間違った道に進んでしまったのは、デカルトやニュートンの影響で機械文明が発達すれば問題は何でも解決すると思ってしまったからです。そして、その間違いが一番顕著に現れてきたのが環境問題です。

神谷:稲本先生は、化石資源を使う文明から循環文明に変えなくてはいけないと、ずっと主張されてきました。

稲本:化石資源である石油や石炭はやがて無くなる、再生不可能なものです。しかも、それを燃やすと二酸化酸素が大気中に余計に溜まることになります。
植物の光合成の仕組みを発見したメルヴィン・カルヴィンは「私が発見した仕組みを使えば二酸化酸素はいくらでも減らせます。もう安心してください」とノーベル賞を受賞した時に言いました。ところが3年後、「あれは間違いだった。結局、いくら人聞が頑張っても、植物には勝てません」と訂正して、化学者から植物学者へ転向したのです。
こういう事実を学校救育の中で教えていないのも良くないですね。いまだに学校教育では、17世紀から19世紀くらいの近代文明が発達していき、植物や自然を支配しようとした時代の話が中心なのです。だから、人々の考え方に自然や宇宙の本当の姿が伝わらない。

神谷:今、地球は温暖化が進んでおり、稲本先生は「異常気象」、東京大学名誉教授の山本良一先生は「温暖化地獄」とおっしゃっていますが、この問題をどのようにお考えですか。

稲本:私も、アメリカのオークリッジ研究所や国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の発表はずっと調べているのですが、明らかに大気中の二酸化酸素の量も、増加するスピードも異常です。ましてや二酸化酸素はすぐ減らせるものではありません。もう元へは戻れないところまで来ており、ここ数年で二酸化酸素を出さなくし、森を大切にし、砂漠化したところに植林したりする必要があります。
日本の場合は、植林され放置されている森林を間伐したり手入れしてやる必要もあります。それをしないと木が育ちません。

神谷:今まさに、数年前「日本各地でゲリラ豪雨や竜巻が発生するようになる」と予言した山本先生の言葉通りの状況になっています。日本のマスコミではあまり報道されませんが、世界各地で洪水や干ばつが発生しています。

稲本:今から10年くらい前に中国を旅したのですが、その時私も大洪水を経験しました。ひどい場合、中国は百万人都市を潰しても一千万人都市を生かそうとする、それほど大規模の洪水が襲う。実際に体験して分かったことは、洪水で一番困るのは飲み水です。地下水も、あらゆる水が汚れてしまうからです。本当に大変でした。

神社の役割は大きい~皇太子殿下からお声をかけられて

神谷:これから環境問題を宗教界が、神社界が真剣に取り組んでいただきたいと思うのですが、どうでしょう。

稲本:日本の神社はご神木があり、「鎮守の杜」に固まれています。本殿の背後には山があり、その山の上に奥宮をつくったりしていました。ところが、明治の近代化の際、コンクリートや金属でできたものが珍重され、自然の森はどうでもいいもののように扱われた。しかし、最近また森の大切さが分かり始めてきていますので、神社の役割も大きいと思います。
やはり今は、世界中の大きな問題として環境問題があるわけです。神社は自然の中にあり、神々も自然の中から生まれていらっしゃるわけですから、環境問題に取り組むことによって、若者や、世界の人々が神社にも興味を持つようになると思います。
そして、これからの時代は、ただ伝統を守るだけでなく、新しいことに取り組むことも必要だと思うのです。経済界や科学者たち等、いろんな分野の方々を呼び込んでも良いと思います。
私の叔父の佐伯彰一は有名な英文学者で、ヘミングウェイを日本で一番最初に紹介し、文化勲章を受賞していますが、神主の息子でもあり『神道のこころ』という本も書いています。彼は『源氏物語』や『枕草子』等、日本の文学を世界に広めました。これから海外でも日本の神道を好きになる人が出てくる、と私は思います。鳥居が好きな外国人もすでに出てきてますし。あらためて日本文化を客観的に観て、その良いところを外国人にアピールしていく必要がありますね。
例えば、野宮神社(ののみやじんじゃ)には黒木鳥居があってその脇をクロモジの小柴垣で囲っています。大切な儀式の時にはそのクロモジに熱湯をかけるのです。するとクロモジの良い香りがふあーっと広がる。
アロマ(芳香)取り出す方法に「水蒸気蒸留法」というものがあるのですが、これを一番最初にやったのは日本人ではないかと思います。

神谷:やはり日本人は大したものですね。

稲本:世界各地30箇所を回って私が実感したのは、豊かな温帯林に固まれた日本ほどマイルドな森を持った国はなかなか無いということです。
世界的なヨーロッパの雑誌『MONOCLE(モノクル)』の編集長でエディター・オブ・ザ・イヤーにも選ばれたタイラー・ブリュレが言っています、「日本人はよく分かっていない。世界一締麗な緑は、日本の緑だ。日本が一番誇るべきは緑だ」。海外と比べると日本の緑は豊かで、黒い緑もあれば黄色い緑もあり、微妙に違っているのです。秋の紅葉も美しい、例えばカナダの紅葉はただ真っ赤なのです。いかに日本の木々が豊かであるかを分かって欲しいと思います。
タイラー・ブリュレは私の息子の友達でもあるのですが、ロンドンの彼のビルは「グリーンハウス」でなく「緑ハウス」にしているのです。日本人よりも日本の緑の良さが分かっています。

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(稲本氏が手がける、日本の森から生まれたアロマ。リフレッシュスプレー・入浴剤・シャンプ一等のアロマ関連グッスも開発している)

神谷:10月の岐阜での育樹祭では、皇太子殿下が稲本先生に声をかけられたそうですね。そもそも育樹祭とはどういうものなのですか。

稲本:育樹祭は、植樹祭を開催したことのある都道府県で毎年秋季に行われる行事で、天皇陛下が植えられた樹木を皇太子殿下がお手入れするものです。岐阜での育樹祭に私も参列させていただいたのですが、皇太子殿下から「稲本さんですね。あなたの本は随分読みましたよ」とお声をかけていただき非常に感激しました。
私はその時、クロモジの香りがするカードを持っていたのです。というのは、天皇の即位式である「大嘗祭」が行われる場所がクロモジの小柴垣で囲まれるので、機会があればクロモジのお話をしようと考えていたのです。そのカードを皇太子殿下は自らお取りになり、「良い香りですね。これはクロモジですよね。お茶の席に使いますよね」と言ってくださいました。私は英国の王立植物園「キューガーデン」で勉強していた当時の写真も持参していたのですが、それを見て、皇太子殿下は「プランス博士ですね。私も教えていただきました」と。
そして「愛子が稲本さんのところの玩具で随分お世話になりました。木のことを勉強するのになかなかいいものですね」と、私の会社で作っている木の玩具を褒めてくださり「愛子に何かメッセージはございませんか」とおっしゃられたのです。びっくりして何も答えられませんでしたよ。
歴代の天皇陛下はたいへん植物を勉強しておられます。昭和天皇が「雑草と言う草はないんです」と侍従たちを諭したのは有名な話しです。
古代より山があり森があり・・・・八百万の神々を祀る流れの中に神社や天皇家もあるわけですから、植物を勉強するというのは使命なのでしょうね。

神谷:素戔嗚尊(すさのおのみこと)は植林の神様であり、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)は稲作文化を広めています。神々は植物を育てて困を治めてきたのです。

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(愛予さまも遊んだという、稲本氏の会社オークヴィレッジで作っている木の玩具。日本の森の素晴らしさを五感で吸収できる玩具である)

宗教界、科学者、産業界がスクラムを組んで地球温醸化に取り組む

神谷:今、全国に神社は8万社あるのですが、宮司さんは2万人しかいなくて、地方では1人で何社も掛け持ちしている状況があります。また、過疎化で氏子さんがいなくなり、朽ち果ててしまいそうな神社もたくさんあるようです。地方の神社が疲弊しているので、次の式年遷宮はできるのかと心配する声さえあるそうです。ですから、全国各地の神社を元気にしていくような試みもやっていかなければなりません。

稲本:例えば、明治神宮では楠を枝打ちした枝から鈴を作った開運木鈴「こだま」や、夫婦楠をテーマに楠の葉から抽出したアロマをお守り二つに入れ、カップルがそれぞれを持つ「相和守(そうわまもり)」があります。いろいろアイディアを出して努力しているのです。
やはり、それぞれの神社がそれぞれの特長を生かして、名物になるようなものを作らないといけないでしょうね。明治神宮のように、鎮守の社の木を生かすといいかもしれません。また、神社が鎮座している場所は水が締麗なところが多いですから、化粧水か何かを作ってもいいかもしれませんね。

神谷:企業と同じでいろいろ工夫はしなければいけないのでしょうね。

稲本:海外で神社をアピールして、その評価に火をつけても良いかもしれません。海外の人が評価すると日本人は追従する傾向がありますから。ですから、外国人の神社ツアーをやっても良いでしょう。

神谷:神社界の方と稲本先生がいろいろな企画を話し合うような機会を設けてもいいでしょうね。

稲本:環境問題にからめて生き延びるための「ノアの方舟」のようなモデルケースを作るのもいいですね。森があって、食料もエネルギーも自給自足できるような地域を、神社が中心になって作るのです。成功モデルができると人々は一斉に注目して集まってきます。
例えば明治維新も、最初に始めたのはわずか数十人だったのです。それが数百人になって、数年で維新が起きたのです。大きく物事が変わるときは徐々にではなく、階段を一気に飛び越えるように変わります。

神谷:まさに企業も同じで、モデルを作って成功させれば一斉についてきますね。

稲本:環境問題に対しては、やはり異業種で連合を作るのもいいでしょう。同業者ですと変なライバル意識が働いてしまいます。神谷会長がおっしゃっているように宗教界、産業界、そして科学者たちが一緒になって環境問題に取り組むような組織を作ればいいでしょうね。そうすると新しい視点も出てくるでしょう。

神谷:そうですね。「人類が地球に与えてきた影響の大きさは、空前のレベルに達している」と世界中の科学者が訴え、地球温暖化の問題は深刻な事態になっています。今こそ宗教界、科学者、産業界ががっちりスクラムを組んで一つになってこの問題に取り組んでいくべきでしょう。ぜひ先生、これから一緒に頑張っていきましょう。



日本人として一番幅広く世界中の森を回った、と言う稲本正氏。世界各地で森が失われていく現状を憂い、これから人類が生き延びていくためには循環文明に変えなくてはいけないと訴えます。 日本環境ビジネス推進機構理事長、和合科学国際会議の発起人の一人として環境問題に取り組む神谷光徳氏(生長の家栄える会名誉会長)がお話を伺いました。お二人は、今こそ宗教界、産業界、科学者が一つになって環境問題に向き合うべきと訴えます。

※体験者の年代表記は体験当時の年代となります。